「もう十分だ」は誰が決めるのか
物差しは自分の外側にある
オーディットコア・ハブのアキラです。この記事では、証拠が「もう十分だ」と言い切れる状態を、どこで判定するのかを見ていきますね。
判定のよりどころを自分の納得に置いたままだと、結論を支える事実の抜けに気づけないんです。
足りたかどうかは、自分が納得したかではなく、同じ材料を渡された能力のある人が、同じ結論に行き着けるかどうかで決まります。
この一文が、今回の暗記対象なんです。ひとことで言えば、十分性だけが物差しを自分の外側に置いている、ということなんですね。
この記事で分かること
- 「十分」と言い切れる到達点が、自分の納得ではなく他人の再現で決まること
- 件数を積み上げても十分性の証明にならない理由と、調書に残しておくもの
- この論点で想定される三つの出題型と、その切り方
「もう十分だ」は、誰が決めるのか(P2-B-02-c)
よくある誤解
まず、それだけで出されたら誤りになる記述から入ります。
- 「自分が納得できたのだから、証拠は十分だ」
- 「件数を増やしていけば、いずれ十分になる」
- 「現場を自分の目で見てきたので、書き残す材料は少なくてよい」
- 「結論に自信があるのだから、それを支える材料はこれで足りる」
四つとも、足りたかどうかの判定を、監査した本人の頭の中に置いていますよね。ところが、十分性という規準だけは、本人の外側で測られるんです。
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