#35 専門家でも、間違える
内部監査入門(事件でわかる、内部監査の考え方)|第35回/章「独立性と倫理」|読了 約4分
なぜ、判断は歪むのか
独立性は、内部監査部門が経営者に従属しないために、報告ラインという構造で、仕組みとして守るものです。
今回見ていくのは、それと並ぶ、もうひとつの土台、客観性です。
その土台が、客観性、英語で objectivity です。独立性は、組織の立ち位置の話でした。
一方の客観性は、監査をする人ひとりひとりが、自分の判断に偏りを持ち込まない、という資質のこと。独立性は組織のもの、客観性は個人のもの。
並んで支える、別の土台なんですね。
報告ラインを整えても、監査をする人の頭の中までは、組織図では守れません。今回は、その頭の中を、見ていきます。
客観性を脅かすのは、外からの圧力だけではない。落とし穴は、外ではなく、頭の中にもあるんです。
1986年の、ある悲劇を通じて、考えていきましょう。
30分で、逆転判断
1986年1月28日。アメリカ、フロリダ州のケネディ宇宙センターで、スペースシャトル「チャレンジャー号」が打ち上げられたんです。
乗組員は、7名。その中には、宇宙へ行く予定だった民間人の教師、クリスタ・マコーリフもいたんですね。
打ち上げから、73秒後。チャレンジャー号は、空中で爆発してしまったんです。
皆さん、その7名の命が、空の上で、消えてしまったんですね。なぜ、こんなことが起きてしまったのか。
ここから、その原因を追いかけます。
直接の原因は、Oリングと呼ばれる、ゴム製のパッキンでした。ロケットブースターの接合部の部品ですね。
これが低温で硬くなって、弾力性を失っていた。隙間から高温ガスが漏れ、燃料タンクに引火してしまったんです。
打ち上げ当日の気温は、摂氏2度。Oリングのテスト温度は、摂氏4度以上が前提でした。
ここからが、核心です。打ち上げの前夜、電話会議が開かれます。
ロケットブースターを製造していた、モートン・サイオコール社。そのエンジニア、ロジャー・ボイジョリーが、声を上げたんです。
「この気温では、Oリングが危険だ。打ち上げを延期すべきだ」。
ボイジョリーは、データも示しました。過去の打ち上げで、低温のときにOリングの損傷が起きていた。
その場の思いつきではなく、技術的な裏づけのある、まっとうな延期の推奨です。ところが、NASAの管理層は、これに反対します。
打ち上げスケジュールは、何度も延期されていて、プレッシャーもあったんですね。
そして、サイオコール社の経営陣が、エンジニアの判断を覆してしまいます。協議の時間は、わずか30分。
何年もOリングと向き合ってきた技術者の結論が、たった30分で、ひっくり返ったんです。
ボイジョリーは後に、この意思決定プロセスを、非倫理的だと厳しく批判しました。
認知バイアスとは
皆さん、ここで、立ち止まって考えてみてください。延期を裏づけるデータは、あったんです。
専門家も、警告していた。それでも、打ち上げは承認され、73秒後に爆発が起きてしまった。
なぜ、正しいデータがあったのに、正しい判断ができなかったのか。
答えは、認知バイアスです。認知バイアスというのは、人の頭が、無意識のうちに判断を歪めてしまう、思考の癖のことですね。
大事なのは、これが意図的なごまかしではない、ということ。誰の頭にも、起きるんです。
だからこそ、客観性を、内側から脅かすんですね。
専門家でも、間違える
チャレンジャー号では、複数のバイアスが、重なっていたと考えられています。代表的なものが、確証バイアス。
「今までの打ち上げでも大丈夫だったから、今回も大丈夫だろう」。
何度も成功してきたという事実のほうが、Oリングの損傷データよりも、重く見えてしまうんです。
もうひとつが、集団思考、英語でGroupthink。心理学者のアーヴィング・ジャニスが提唱した概念ですね。
結びつきの強い集団では、合意を求める空気が強くなりすぎて、反対意見を言いにくくなる。
全員が賛成しているように見えても、本心では納得していない人が、それを口に出せない。そういう状態です。
そして、もうひとつ。正常性バイアスです。
「自分たちには、悪いことは起きない」。人間は、不都合な情報を、無意識に過小評価してしまうんですね。
ただ、チャレンジャー号にこのバイアスを当てはめるのは、事故を調査した大統領委員会、ロジャース委員会の公式の結論ではなく、後年の解釈です。
そう、押さえておいてください。
思い出してください。Oリングの問題は、事故以前から、繰り返し観測されていたんです。
低温時のリスクも、十分に解消されていなかった。それでも、打ち上げは続けられてしまった。
データが正しくても、人間の判断がバイアスに支配されれば、正しい結論には至らないんですね。
この回で覚えてほしいのは、ここです。データが正しくても、判断は歪む。
そして、専門家でも、バイアスには負けるんです。NASAもサイオコール社も、宇宙開発の最前線の専門家集団でした。
それでも、頭の中の落とし穴に、落ちてしまった。あの打ち上げを、教室の子どもたちが、見ていたんですね。
次の回へ
詳しい人がそう言うなら、と引き下がったこと、皆さんにもありませんか。では、見張る役の人なら、その落とし穴を避けられるのか。
次の回で、確かめる側の頭の中を覗きます。専門家でも判断が曲がると知っていれば、全員が賛成した場で、待ってください、と声に出せます。
この回の持ち帰り
客観性を脅かすのは外圧だけではない。自分の頭の中のバイアスでもある。データが正しくても判断は歪み、専門家でもバイアスに負ける
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