#23 Netflixの決断

内部監査入門(事件でわかる、内部監査の考え方)|第23回/章「リスク」|読了 約5分

選択を誤ると、何が起きるのか

リスク対応には、回避、軽減、移転、受容、そして活用、この5つがあります。リスクはゼロにできず、受容も活用も、立派な経営判断なんですね。

ここからは、その選択を誤ると何が起きるのか。ある会社の決断を通して、見ていきます。

実行で、つまずいた

2011年の、Netflixです。当時のNetflixは、DVDの郵送レンタルが、主力の事業だったんですね。

米国の会員は2,400万〜2,500万人規模。株価は304ドル79セントという、当時の史上最高値をつけていました。

そのNetflixのCEO、リード・ヘイスティングスは、一つの大きな決断をします。DVDの郵送レンタルから、ストリーミングへ。

事業の軸そのものを、移すという決断なんですね。

これは、リスク対応でいえば、活用にあたります。ストリーミングという不確実な未来に、全社のリソースを賭ける。

良い側の不確実性、つまりアップサイドを、自分から取りにいく判断なんですね。

なぜ、これが活用なのか。リスクを避けるのでも、小さくするのでもない。

不確実な未来に、あえて踏み込んで、機会を取りにいく。だから、これは活用なんですね。

そして、結論から言えば、この方向そのものは正しかったんです。

ところが、ここからが問題でした。実行の方法を、間違えてしまったんですね。

2011年7月。Netflixは、料金体系を突然変更します。

DVDとストリーミングを、別々のプランに分離した。両方を使っている顧客にとっては、実質で約60%の値上げになったんです。

同じ決断が、時間軸で変わる

顧客は、激しく反発しました。

2011年9月、ヘイスティングスは、ブログで謝罪します。「私はしくじった」と。

ところが、その謝罪文の中で、彼はもう一つの発表をしてしまうんですね。DVD事業を「Qwikster」という別の会社に分ける、という計画です。

謝りながら、さらに反発を呼ぶ知らせを重ねてしまったんです。

そして2011年10月、NetflixはQwiksterの計画を撤回します。発表から、わずか23日でした。

ただし、料金の値上げそのものは、維持されたんですね。

この騒動の代償は、小さくありませんでした。2011年第3四半期、米国の会員は、純減で約81万人。

これは、退会した人の数ではなく、新しく入った人を差し引いた、純粋な減少です。

そして株価は、この騒動のあと、2011年内の数か月で、ピークから約80%も下落してしまったんですね。

ここで、皆さんに考えてほしいことがあります。短期だけを見れば、これは大きな失敗です。

会員は減り、株価は8割が消えた。でも、もう少し長い時間軸で見ると、景色が変わるんですね。

DVDからストリーミングへ移る、という方向そのものは、正しかったんです。

10年たって振り返ると、Netflixは、ストリーミングで世界を変えた会社になっていました。

2024年には、全世界の会員が3億人を突破。

企業価値はその後、数千億ドル規模まで拡大し、2010年代を代表する、高いリターンの銘柄の一つになったんですね。

同じ決断が、短期では失敗に、長期では正解に見える。リスク対応の評価は、どの時間軸で見るかで、変わるんです。

個別の失敗を当てる役でもない

このNetflixの事例から、大事なことが見えてきます。

ヘイスティングスの判断は、間違いだったのか。これを、間違いか、正しかったか、というYesかNoの二択で考えると、本質を見失うんですね。

大事なのは、二つの軸に分けて見ることです。

進む方向、つまり「活用」という選択は、正しかった。でも、その実行は、失敗だった。

戦略は正解、実行はミス。この二つを、分けて捉えるんです。

跳んだ方向は、正しかったんです。でも、着地の準備が、足りなかった。

こうした大きな事業の転換は、痛みも伴います。Netflixの場合は、料金が上がり、サービスの使い方が変わった。

顧客には、不便や不満が生まれますよね。

ここで大事なのは、その痛みによって、新しいリスクが生まれていた、ということです。顧客が、不満を抱えて離れていく。

この「顧客が離れるリスク」を、小さくする工夫が必要だったんですね。段階的に料金を変える。

理由を先に丁寧に説明する。顧客が迷わない導線を用意する。

これは、活用そのものとは別に、顧客が離れるリスクを軽減する対応なんです。Netflixは、活用には踏み出した。

でも、そこで生まれる顧客離反リスクへの、軽減の備えが足りなかったんですね。

ここで、内部監査の立ち位置を、はっきりさせておきます。

どのリスク対応を選ぶか。ストリーミングへ進むかどうか。

それを決めるのは、経営の役割です。内部監査が、経営に代わって決めるわけではありません。

内部監査が見るのは、その選択が、なりゆきでなく意識的に行われているか。

そして、経営が考えた対応の設計を、抜けがないかという目で、独立に評価することなんですね。

もう一つ、誤解しないでほしいことがあります。

内部監査は、ヘイスティングスに代わって決断を下す立場でも、個別の失敗を一つひとつ事前に当てる立場でも、ありません。

リスク対応を選ぶ仕組みが、組織として意識的に働いているか。それを独立した立場から評価し、取締役会や経営陣に伝える。

それが、内部監査の役割なんです。

次の回へ

大きな決断そのものより、その決断に抜けがないかを誰かが見ているか。分かれ目は、そこなんですね。

では、皆さんの組織では、どう選んでいるのか。次の回では、それを自分ごととして考えます。

新しい取り組みの話を聞いたら、困る人への備えはあるか、と一つ聞けます。

この回の持ち帰り

戦略は正解、実行はミス。方向と対応設計の両方が要る

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