#20 リスクは「悪いこと」ではない

内部監査入門(事件でわかる、内部監査の考え方)|第20回/章「リスク」|読了 約4分

リスクの、ほんとうの意味

組織を支える土台には、ガバナンス、3つのライン、組織文化があります。

その土台の上に、今日はリスクという柱を立てます。普段の会話で「リスク」と聞くと、何を思い浮かべますか。

評価額、90億ドル

事故、損失、炎上。できれば避けたいもの。

たいてい、そう感じますよね。でも、その感覚だけだと、リスクの半分しか見えていないんです。

そのことを、ある衝撃的な事件から考えてみましょう。2003年。

スタンフォード大学の19歳の学生が、大学を中退します。名前は、エリザベス・ホームズ。

彼女のビジョンは、シンプルでした。指先から一滴の血液を採るだけで、幅広い検査ができる装置を作る。

もし実現したら、医療の革命です。

投資家は、熱狂しました。取締役会には、キッシンジャー元国務長官まで名を連ねた。

評価額は、90億ドルに到達。Forbes誌は2015年、ホームズを、自力で富を築いた女性たちのリストに載せました。

当時、その中で最年少のビリオネアだったんですね。注射器で何本も血を抜く必要が、なくなるかもしれない。

誰もが、期待を寄せていたんです。

結末:禁固11年3か月

ところが、です。2015年10月。

Wall Street Journalの記者が、暴露記事を出します。

自社開発の検査機器、Edison。これが、まともに動いていなかったんですね。

患者向けの検査の大半は、実は、他社の市販機器で行われていた。革命の中身は、宣伝とはまるで違っていたんです。

しかも、ただの技術的なつまずきでは、ありませんでした。患者への、実害が出ていたんです。

HIVの検査で、偽陽性。感染していないのに「陽性」と告げられた人がいた。

妊娠中の女性が「流産している」と誤った診断を受けたケースもあった。検査結果は、人の命に関わります。

その結果が、不正確だったんですね。

アリゾナ州では、2013年から2016年の間に、17万5,000人を超える消費者に検査を販売。

その結果の10%以上が、後に無効化、または修正されました。

そして2018年、Theranosは解散。2022年には、ホームズに禁固11年3か月の判決が下りたんですね。

あれほど世界が熱狂した会社が、です。さて、ここからが本題です。

隠したことが、崩壊を招いた

Theranosで起きたことを、リスクという言葉で整理してみましょう。大事なのは、分類名を覚えることではありません。

これから挙げる5つは、決まった標準の分類ではなく、Theranosの不確実性がどこへ広がったかを追うための、いわば切り口です。

出発点にあったのは、「この技術で、事業を大きく広げてよいのか」という一つの問い。この一つの不確実性が、どこまで広がっていったかを見ていきましょう。

技術の裏付けが弱ければ、事業戦略そのものが不確かになる。これが戦略リスク。

不確かな技術を日々の検査に使えば、正しい結果を出すプロセスも揺らぐ。これが業務リスクですね。

さらに、規制の抜け穴に都合よく頼れば、法令違反のリスクが膨らむ。

Theranosは、検査室が独自に作る検査なら市販前の審査が免除される、という規制の枠を使い、FDAの審査をすり抜けようとしました。

これが、コンプライアンスリスクです。

暴露記事は、患者や薬局が信じる前提を揺るがした。これが評判リスク。

信用が揺らげば、資金調達も立ち行かなくなる。これが財務リスクなんですね。

一つの不確実性が、こうして5つの方向へ広がっていったんです。

ここで、ハッキリ言います。

リスクとは「悪いこと」では、ないんです。リスクとは、目的に対する不確実性の影響、なんですよ。

国際標準のISO 31000も、そう定義しているんですね。

目標の達成を阻む不確実性。これがダウンサイドです。

そしてときには、目標を超える成果をもたらす不確実性でもある。これがアップサイドですね。

良い方向の不確実性も、放っておいてよいわけでは、ありません。どちらの方向も、見て、向き合う対象なんです。

不確実性は、コインの両面のようなものです。同じ1枚のコインに、目標を阻む裏側と、目標を超える表側がある。

ホームズの構想そのものは、実現すれば世界を変える大きな機会に見えました。

問題は、経営陣が、その裏側にあった不確実性、つまり技術の裏付けが足りないという事実を、投資家に隠し続けたことです。

のちにこれは、投資家に対する大規模な詐欺と認定されました。

次の回へ

良い知らせも悪い知らせも、同じ不確実性から生まれます。皆さんが日々気をつけているのは、その片側だけかもしれません。

その不確実性に、内部監査はどう向き合うのか。次の回で確かめます。

両面で見られるようになると、会議で懸念を挙げるとき、機会の側も添えられます。

この回の持ち帰り

リスクとは不確実性。良い方向にも悪い方向にも転ぶ

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